週一エッセイ/所属タレント
第050回 2002年10月24日 中江由佳(スタッフ) 「絹こより」
これは日本酒の名前です。
このお酒は、白ワインのような甘い匂いと味がします。
日本酒っていわれなければ、わからないぐらいで、
呑んでビックリしたお酒の一つです。
私が日本酒に出会ったのは、23ぐらいの時でした。
それまで、日本酒はお燗ぐらいしか呑んだことがなく
、
それも居酒屋さんにあるような普通の日本酒しか
呑んだことがなかったので、「アルコール臭い」「おいしくない」
というイメージでした。
ある先輩がその当時、すごく日本酒に凝ってて、
「日本酒っておいしいですかぁ?」と聞くと
「おいしい日本酒呑んだことないやろ?」と言われ、
「じゃ、おいしいの、呑ましてあげる」とあるお店に連れて行って頂きました。
そのお店で頂いた日本酒は、お刺身を食べてる時は、喉ごしの良いお酒、
味の濃いおつまみを食べている時は、重いめのお酒…と
ワインのように料理に合わせた日本酒を呑ませてもらいました。
そして、そのお店で最後に呑ませて頂いたのが「絹こより」。
「日本酒」やのに「ワイン」みたいな味に衝撃を受けました。
日本酒に色々な味がある事も知らなかったし、
ましてや料理に合わせて選ぶ日本酒の飲み方がある事も知りませんでした。
そして、呑ませてもらったお酒は全部、「アルコール臭くない」「おいしい」
もので、すっかりハマってしまいました。
これから、おいしい食材が増える季節です。
おいしい食材に合わせた日本酒が呑める楽しみな季節です。
第049回 2002年10月16日 龍すみか 「ラッキー」
「ラッキー」は私の口癖の一つ(?)です。
ひとつはやい電車に乗れてラッキー。
信号に引っ掛からなくてラッキー!
友達におやつを貰ってラッキー!!
…なんて些細な事ばっかりなんでしょう。
お陰さまで、毎日楽しく暮らしています。(笑)
でも、どうせ同じ一日を過ごすなら、楽しくて幸せな方がいいし、
小さなラッキーが積み重なって『ハッピー!!』になれるならとってもお得ですよね!!(←って、私だけ?)
こんな私は、今日は何回『ラッキー』と言えるでしょうか??
沢山言えますよーに…。
第048回 2002年10月10日 畠山貴至(スタッフ) 「磯ノ浦」
大阪から電車サーファーが集まるサーフポイント磯ノ浦、通称「いそこ」
車の免許もなくお金もない学生時代、私もよくお世話になりました。
そんな「いそこ」にある海の家「中梅」のおばあちゃんに電話をかけて今日は波があるよと聞くと学校を早退し
「いそこ」にもうダッシュついてみれば波はまったくなく残念、電話で聞いて飛んできた学生で「中梅」はいっぱいでした。
そんなバカ学生だった私も30歳、最近は携帯電話で波のあるポイントを調べて車でひとっとび、でもこの間「いそこ」に行ったとき、
10代のほとんどを過ごした海は、本当の田舎よりも落ち着く居場所になっていました。
私が年をとった分、「いそこ」の民家や海の家・堤防・おじさん・おばさん・双子のこども・すべてが時代の流れで年をとり、
変わっていないのはそんな人たちのやさしい気持ちでした。なぜだか分からないのですが、がんばろうという気持ちになりました。
波乗りだけではなく、今になって色々な事をおしえてくれた磯ノ浦でした。
そして、電車サーファーもまだまだ健在です。
第047回 2002年10月05日 小川時代 「宇宙に行ってみたい」
宇宙とは神秘的で壮大なものです。
人々はその宇宙に夢やロマンを抱き、謎を追求すべく色々な研究、開発を行なってきました。
他の惑星を探査しに行ったり、無人ロケットで宇宙の中を調査したり・・。
現在では、月への旅行も夢ではなくなりましたが、
映画やアニメに出てくるようなワープという技術を用いての大がかりなものはまだまだ先の話のようです。
しかし、どうして人はこれ程までに宇宙に惹かれるのでしょうか。
理念や法則の域を超え、時間や空間などの次元をも超越した神秘性を持っている宇宙。
何があるのか、何が起こるのかと、ワクワクさせてくれる宇宙。
もし、海が生命の母(源)であるとするならば、宇宙は総ての始まり「神」だともいえます。
「いつか宇宙に行ってみたい」
それは、人間が昔から抱き続けた「神」への憧れだったのかもしれませんね。
それにしても、飛行機やジェットコースターにも乗れず、車にも酔いやすい私にとって、
ロケットに乗って宇宙に行くことが、果たしてできるのかどうかは少々疑問ではありますが・・・。
第046回 2002年09月26日 Kay稲毛 「バンソウコウ」
子供の頃外で遊んで傷を作って帰って来る度に母がはってくれた・・・
そんな思いでの一つや二つ誰にでもあるだろう。
しかし、最近このバンソウコウをあまり使わなくなったような気がする。
大人になって、転ける事も少なくなったし、注意深くなったからなのかもしれないが、
子供の頃のように夢中になって遊ぶ事が少なくなったからかもしれない。
今考えると、子供の頃ってなんであんなに必死で外で遊べたんだろうって考えた事ないですか?
Kayは、遊び方は変ったけど今も外で必死になって遊んでいるからあまり考えた事がなかったんです。
このあいだ、家の掃除をしている時に、何処かでもらった大量のバンソウコウを発見して、そんな事を考えました。
そういえば、子供の頃は生傷が絶えず、よく色んな所にバンソウコウをはっていました。
学校で友達とどちらの方がバンソウコウの数が多いかなんてつまらない競争もしました。
傷もないのにバンソウコウをはってみたりして、母に「無駄遣いをするな!」と叱られました。
今では、バンソウコウも色んな柄の物があって、「おもしろそう。」というだけで買って、
家でほったらかしになっているものもあったり・・・
こう考えると「俺って結構バンソウコウ好き?」なんて思ってしまう。
今ではあまり使う事も少なくなったバンソウコウだが、いつも鞄の中に数枚入っている。
第045回 2002年09月19日 木元美香 「つらさということば」
子どもの頃、泣く度に「何を泣くほど辛いことがある」と、よく言われた。
言ったのは、祖父。
はっきりいって、この言葉の意味がわからずに、しかも、怒られているようにしか聞こえなくて、さらに泣き叫んだ。
「何を泣くほど辛いことがある」。
30歳を目の前にした今、その言葉の真意を正しく受け止めることができているのかはわからない。「何を泣くほど辛いことがある」。
祖父は、明治・大正・昭和・平成と生きた人だ。
祖父のことで知っていることといえば、戦前まで和菓子職人だったこと(よく家で柏餅をつくってもらった、家には落雁の木型がある)、
戦後は、縄づくりや、近所の田畑の手伝いで、こども2人を育てたということ(縄でどのくらいの収入があったのか謎)。
戦争には、体が悪く行ってない。
(戦争の話は空襲で逃げてきたということくらい。あのころ戦争に行ってないということは、非国民?)。
最後は寝たきりになって、最後まで口にし続けた言葉は「ありがとう」。
(この言葉は、最後まで世話をした、父母と耳が不自由で同居している叔父に向けられたもの。)
人生99年の祖父のことを、たった5行ほどでしか著せない。
「辛さ」ということ。「泣くほどの辛さ」。
何かで泣く度に、今でも思い出す。
そして、考える。
「何を泣くほど辛いことがある」。
私は、けっこうすぐ泣く。
人前でも涙がすぐに出る。
涙腺が弱いのだ。
感動しても、腹を立てても、悔しくても、うれしくても、喜怒哀楽、すぐ泣く。
だから、結構しょっちゅう考える。
「泣くことは辛いときだけ?」
「そういう時代を生きたということ?」
結局、疑問形でしか頭にうかんでこない。
そういえば、祖父にとって、辛かったことは、なんだったのだろう。
答えは、父にでも聞いてみよう。
第044回 2002年09月12日 成金屋清富(五島清富) 「きんてつ」
小学校1年のころだったか、近所に住む中学生の兄ちゃんから「今からサイン貰いに行こう」と誘われ、
家から3分位の所のあるマンションへ。
サインという言葉を聞いて取り敢えず付いていったが、出てきたのはおばちゃん。
現役選手の若奥さんと、大きくなったらわかることなのだが、子供の目からはおばちゃん。誰でもおばちゃん。
分けもわからず色紙とペンを渡してその時は退散。
その後の記憶はないけれど、家にはサイン色紙があった。
後にそれは近鉄バファローズの某選手のサインだと分かり、それ以来何となく近鉄を心の片隅で応援するようになる。
そういえば、西本黄金時代直後だったなぁ。
近所は南海ファンと阪神ファンがハバきかせ、近鉄ファンは大和川越えろとまで言われた。
大阪球場では「うしはあっち行けーブーブー」(前回参照)と言われ、悔しい思いもしたが、
その南海があっち行ってしまったので、今はいい思い出となっている。
あのブーブーさんは大阪ドームに足を運んでいるかもしれないなぁ。
そして世紀末、「あっち行け」と言われた球団が大和川を越して近所に、こっちにやって来た。来てくれとも言っていないのに。
松坂入団、大阪ドーム物珍しさのブームも過ぎた1999年、本格的に応援し始める。
近鉄球団の勇姿は、大阪 日生 藤井寺と今は昔の球場で見たけれど、
大阪ドームが一番似合わないような気がするなぁ。特に昨年の優勝の時一番感じたな。
天井に試合球が当たりまくるドームなんて似合わない。
ローズ・クラーク・中村・(ガルシア)と場外ホームラン連発できる選手が沢山いる(いた)のにそれを遮る壁、
屋根があるドームなんて似合わない。
球団歌にもあるやんか、「飛ばせ雲までボールよとどけ」って。
備考・2002年12月29日加筆
備考・2003年08月24日加筆修正
第043回 2002年09月05日 池原量 「信楽のたぬき」
今日もお気に入りの茶器で大好きな紅茶を飲みました。(普段はコーヒー党ですが、夜は紅茶を飲むことが多いです)
このお気に入りの茶器は、5年ほど前ふらっと立ち寄ったお店で<一目惚れ>をして買ったものです。
取ってが付いていない器なので、日本茶を飲むのも、紅茶やコーヒー、アイスクリームやフルーツなんかも入れて使っています。
とても気に入った証拠に、柄違いで3セット[楕円皿・片口器・コップ]重たいのに苦労して持って帰ってきました。
口あたりの良いコップで飲物をいただくと、ビックリするぐらい「おいしい!」と感じて得をした気分になるものです。
せっかくならおいしく飲める(食べられる)器が欲しいなぁ~と、
いつしか新たな器との[一目惚れ]を期待して器探しの旅が始まり今も続いています。
どこから行くべきか…
悩んで日本六古窯をまわることにしました。
※日本六古窯は中世以来現在まで、産地として焼き物を続けている窯々のこと。
備前(岡山)・丹波(兵庫)・越前(福井)・信楽(滋賀)・瀬戸(愛知)・常滑(知多半島)
先日はタヌキの置物でも知られる信楽に行ってきました。
天平時代に聖武天皇の庭の瓦を焼いたのが発祥といわれてるそうです。
タヌキが発祥じゃなかったんだぁ~
信楽に行ってやはり目立っていたのは[たぬき]
でも[たぬき]だけではなく素敵な食器や茶器、酒器や花器も豊富にありました。
そして一目惚れしましたよ!
信楽の土に混じる鉄分で作られた急須が目に止まり…1時間以上悩んで購入しました。
水切れの良いこの茶器で是非お茶をいれてティーパティーなんぞを開きたいものです。
いやいや、しかしやはり信楽はやっぱり【たぬき】の町です。
◆◇信楽狸八相縁喜◆◇
笠=思はざる悪事災難避けるため用心常に身をまもる笠
目=何事も前後左右に気を配り正しく見つむることな忘れめ
顔=世は広く互に愛想よく暮らし、真を以て務めはげまん
徳利=恵まれし飲料のみにこと足利て徳はひそかに我につけん
通=世渡りは先づ信用が第一ぞ活動常に四通八達
腹=もの事は常に落ちつきさりながら決断力の大胆をもて
金袋=金銭の宝は自由自在なる運用をなせ運用をなせ
尾=なに事も終わりは大きくしっかりと身を立てることこそ真の幸福
(信楽の郷より)
追伸: 我が池原家は漆器の町、和歌山県海南市黒江で1877年創業の漆器問屋『池庄』を営んでおります。
築200年の店舗は昨年、国の登録文化財に指定されました。
漆器や普段使いの器、お椀などお気に入りの[ひとつ]を是非探しにいらして下さいね。
第042回 2002年08月29日 野中政宏 「取るに足らない話」
暑かった夏もお盆が明けると同時に終わって、
まるで切って落とされたようにやって来た秋の気配に体が着いていかない…なんて方、多いんじゃないでしょうか?
かく言う僕自身が、そうです。みなさんも、どうぞご自愛下さい。
で、その暑かった夏の思い出なんですが、僕は息が出来ませんでした。
は? となっている方が多いと思うので説明すると、
「あんまり暑くて息をすると苦しいから息をしたくない」状態に追いやられてしまったのです。
なんかサウナの中で息をすると暑~い空気が肺に入ってきて「息苦しく」なりませんか?
あんな感じです。それを例えば昼下がりの桜橋の交差点で味わっていたワケです。
ひどい時には朝の南森町駅の階段を登り詰めた商店街の入り口で感じていました。
はぁ~っ……(息吸うと苦しいんだろうな。じゃ、そ~っと)す~ぅ……。
てな感じです。
この話を事務所のデスクの中江ちゃんに電話越しに話したところ、笑われてしまいました。
「あかん! 息でけへん!! 暑いぃぃぃ…」
「はあ!? 何言うてはりますのん!!」
「ホンマに暑いねんって!! 息したら死ぬ!」
「息せん方が死にますがな」
「いやや! 暑いぃぃぃぃ…」
********************* 閑話休題 *********************
最近はあの暑かった夏に比べればかなり過ごしやすいので、現場での御挨拶も「今日も暑いですね」は無くなって、
その代わり「また大きなったな」と言われる事が多くなりました。
「おはようございま~す! お世話になりま~す」
「おはようございま~す。……。また大きなったな」
「え? ホンマですか??(腹をさする)」
あんまり現場行く度にさすっているので、僕のお腹はピカピカです。ええのか悪いのか(笑)。
ただ、これが皆さんに可愛がって貰ってる「愛のあかし」なだけならいいのですが、
ホントに「大きなってるんちゃうか?」と、内心、心当たりがあるのが辛いところです。
家にいる時は僕は「Tシャツに膝丈のジャージ」という、
そこら辺のオッサン(ああ、オッサンの皆様ごめんなさい~)の様な格好をしているのですが、
これがまた「ラク」で、あんまり「ラク」なもんだからお腹まで「ラク」しおるんですよ。
日曜日などのオフの日を挟んで「さあ、お仕事!」とジーンズを履こうとすると、「んぅ!」となります。悔しいですね。
正確に言うと、ジーンズを履くまではいいんです。ファスナーだって「ラク」に上がりますよ。問題はベルトなんです。
というのも、ジーンズは仕方がないので「大きなった」のに合わせて「大きいのを」履いています。
しかし、ベルトは「まだ細かった頃のまま」なので、正直キツイんです(くそう)。
「んぅ! ほっ! ん~ぅぅぅ…んっ!」
なんとか入ります。
これが「毎日」ならお腹の方で意識を高めているらしく「すんなり」入るのですが、
一日でもオフを挟んで「ラク」をすると…ダメですね。人間と同じです。
ジーンズは消耗品なのでサイズにこだわるのも虚しいしお腹のサイズに譲ってしまいましたが、
ベルトだけはそういうわけにはいきません。
このベルトが僕の最後のプライドなので、譲るわけにはいかないのです。高かったしね。
********************* 閑話休題 *********************
最近になってようやく「痩せようかな」と、少し気にするようになってきました。
「あるある大辞典」とか見ながら「ヤバいな…俺、絶対『中性脂肪』付きまくりやろな」
なんて思うと居ても立ってもいられません。
以前は周囲から「痩せろ!」と強制されていたし、仕事も絡んでいたので「痩せなきゃ」とは思っていました。
実際、今に比べれば雲泥の差ほど細かったし。
でも、なんでもそうですが「しなきゃいけない」事よりも「したい」事の方が人間、捗るもんです。
で、ダイエットなんですが。
最近「ヤバイ系のダイエット食品」がニュースでよく報道されているので、今すぐにはやりません。
でもいつか、必ずやると思います。何しろ「見た目の良さ」とか「ベルトに掛けるプライド」とか、そんな事よりも
「このままでは体に悪い」という恐怖心がふつふつと湧き起こってきているのですから。
ちょうど都合よく近所にスポーツクラブも出来たみたいですし
「通ってみようかな」と思ってます。とはいえ、どうなる事やら。
「入ったけど続かない」人が、僕の周りには多いですからねえ。類は友を…なんでしょうか。
********************* 閑話休題 *********************
続くかどうかと言えば、最近、個人のHPを作ってみました。
定期更新なんて出来ない性格なのは連載(のハズの)
「僕はサッカーが好き」を見て戴ければ一目瞭然なのですが、
個人のHPなら別に「不定期更新でもいいじゃない」なノリでやっていけるので、気は楽です。
この「ラク」が良いように転んで「大きなって」くれたら、僕としても本望なのですが、どうなることでしょう。
興味を持ってくださった方は、一度覗きに来てください。その前に見つけるのが大変でしょうが(笑)。
誰にも宣伝してないのに見つけて訪れてくれた方が居て、ビックリしています。
良かったら皆さんも僕をビックリさせてください。ははは。
********************* 閑話休題 *********************
なんか最後は宣伝で終わって「結局それが目的かっ!」と叱責されそうですが、
決してそんな事はありません。ただ、今回はネタが無くて…。
すみません。
次回の当番の時には、もう少し「ちゃんとした」コラムになるように努力します。
第041回 2002年08月22日 加藤くみ子 「ずっと・・・」
子供の頃から両親ののことを「パパ&ママ」と呼んでいる私…
弟は小学生の頃いつのまにか「お父さん&お母さん」に変えていたけど…
呼び方が変えると違う人みたいで抵抗がありかえられずに今に至っている。
中高生の頃は恥ずかしくて友達の前では親を呼ぶ事ができなかった。
これからも、お恥ずかしながら ずっと「パパ&ママ」かな…
私は幼少の頃からのんびりやさん…何をやってもトロ子さん。
逆に母は、「敏子」の名の通り何をやっても速い。
歩くのも、私が現役運動部時代体力には自信があったが、母の歩くスピードにはとうてい追いつかなかった。。。
それもすごい力持ち。私では重くて持ちきれない荷物もひょいっと。
私は手ぶら、母は大荷物を持っていても母の方が歩くのが速かった。
何をそんなに急ぐのか…。
もちろん、小さい頃は追いつく事もできずはぐれたり、電車の扉が私の前で閉まったり…。
今でもハッと振り向くと、いろんな物事が進んでいる。
私は相変わらずトロ子さん。
江戸っ子で商人の家に生まれた母とは時間の流れがだいぶ違うようだ。。。
友達のお母さんに「くーみんはお母さんと性格、全然にてないね~」といわれた。
私のトロ子は、、、ずっと 直りそうもないや…
父はまだ現役サラリーマン。
社長ジュニアの教育係をいているらしい。
「骨になるまで居てください」といわれたとか。。。(笑)
8人兄弟の三男。某国立大学を卒業したが奨学金をもらって行ったので返済は結婚してから自分で支払ったらしく、
母が嘆いていた。
とても物知りで頭の良い人で、よく気がつく…
でも短気で口うるさく しきりやで、今だ私と衝突する。
口うるさいのは愛情からだとわかっていても気の長い私にはあの短気さが許せない。
そんな事で怒らなくても…といつもおもう。
年をとっても丸くはならないようだ。高血圧なのに大丈夫?
これからも ずっと 変わらない性格だろうな…きっと…。
私の両親はドラマに出てきそうな頑固親父と江戸っ子の母です(笑)
どうか ずっ~と 元気でいて欲しい。。。