週一エッセイ/所属タレント
第010回 小川時代 「リトル・サンに支えられて」
私には息子が一人います。泣き虫で、恐がりで、やかましいやんちゃ坊主です。
一緒にいるだけですごく疲れるときもあります。でも今の私が頑張れるのは、息子のおかげだと思っています。
私がこの業界に入ってから息子が生まれました。
事情があり、今は息子と二人です。辛いときもあり大変でしたが、
それを察してか息子は必死で笑わそうとするようになりました。
テレビのギャグを真似たり、面白い解答をねらって返したり、と。
「自分がこうすると周りが笑ったり喜んだりしてくれる。」
息子なりの本能だったのかもしれません。母や周りの笑顔を守りたくて。
今では皆、息子のペースに乗せられています。
つっこんだり、ぼけたり、間を生かした会話をしたり、と大人顔負けです。
将来は吉本興業へ、のまわりの期待に応えるかのように。
母は密かに、ジャニーズがいいかなと思ったりするのですが・・。
親の心、子知らず。人を幸せにすることに喜びを感じていることは嬉しいのですが。
そんな息子の 「お母さん、大好きやでー」
この言葉に何度も助けられ、励まされ、がんばって来られたんだと思います。
今は空いた時間に映画に行ったり、自転車で走ったりと、一緒の時間を大事にしています。
これからも息子には助けられるでしょうが、一緒に成長していけたらなと思っています。
ただ今三歳の、私のリトル・サンに捧ぐ。
「お母さんも、大好きやでー」
第009回 成金屋清富(五島清富) 「いちびり」
「自分て、いちびりやなぁ。」
小学校の時よく言われた一言。
自分への誉め言葉と思いながら喜んで「いちびって」ました。
まだ人生を振り返りたくはないのですが、ちょいと後ろを向いてみると この「いちびり」が自分の原動力の一つになっていたなぁと思います。
みんなを笑かす。
みんなを楽します。
この「いちびり」が無くなったら死にそうな気がします。 「わしゃいちびれんかったら死ぬんじゃぁ」
何処かで聞いたようなフレーズですが、還暦以降絶対言うてやろと思ってます。
成金屋の「成金」と「いちびり」。
二つともあまりエエ意味でとられないこの言葉も自分にとっては非常にエエ言葉です。
エエ意味で成金屋もいちびっていきたいです。
第008回 木元美香 「ジョリィ」
今から20年ほど前、「名犬ジョリィ」というアニメがあったのを憶えていらっしゃいますか?
セバスチャンという名の男の子が、ピレネー犬ジョリィをつれて、お母さんを探す旅に出るという物語。弟と二人、欠かさず見ていました。
そして、ちょうどこの頃、我が家に一匹の犬がやってきました。
真っ白なピレネー犬ではなかったですが、つぶらな瞳、愛くるしい顔、もう見ているだけで顔が緩んできてしまうほどかわいい柴の子犬は、
すぐに「ジョリィ」と名付けられました。
それから代々、我が家にやって来た犬は「ジョリィ」と呼ばれるのですが、中でも一番長生きしたのは、15年以上も番犬として活躍した、
2代目「ジョリィ」でした。この2代目が息を引き取る前夜、この日の夜の出来事が、わたしには忘れることができません。
このころは弟も家を出て仕事をし、私も大阪に出ていたので、実家にほとんど帰っていませんでした。
たまたまふらっと実家に帰った日、年老いたジョリーはぐったりとしていて、側では両親が見守っていました。
「ジョリィ」と声をかけると、私の声を憶えているのか、がんばって首をあげて振り向きました。弟に電話をすると、
普段は仕事中のためでないのですが、その日はなぜか電話に出たので、受話器を耳元にまでもっていき、弟の声も聞かせました。
すると、また首をあげていました。たまたま帰ったわたしと、たまたま電話にでた弟、
偶然が重なっただけといえばそれまでですが、なんだか神聖な夜に思えるのです。
それから数日して、3代目の子犬がやってきました。もちろん「ジョリィ」です。今日も番犬としてがんばってます。
第007回 野中政宏 「気持ちが大事」
気持ちの伝わってくるスポーツには「熱狂」が伴います。 僕が初めて「感動」という言葉を覚えたのは、1975年の10月15日でした。 広島カープが初優勝を賭けて後楽園へ乗り込んだ、巨人との対戦。 チームの全員が泣きじゃくり、「喜び」を爆発させているのをテレビで見て、 その日7歳の誕生日を迎えた僕は全身に電気が走りました。ビリビリと痺れたような感覚がいつまでも続いて、 僕の一番ビンカンな『アソコ』が人生で初めて大きくなったのです(苦笑)。 「お母さん、なんか『お○ン○ン』がビリビリする」 笑いながら、母は僕の頭を叩きました。 1989年のF1日本GP。 僕は、シケインでセナとプロストが衝突した直後のセナを忘れられません。 ノーズを壊したセナが「ある意味で尊敬していたハズのプロストに対する喪失感」を伴って 「呆然とした感じ」で僕の目の前を走り抜けて行きました。 その後ノーズを交換し、トップを走るナニーニを猛然と追い上げます。 「怒り」「勝利への強い欲求」を身に纏ったセナは、ナニーニよりも一周あたり1~2秒(!)も速く、 彼のマクラーレン・ホンダは他のどのマシンよりも強く輝き、大きく見え、鬼気迫る迫力がありました。 「××××××ーーーーーーーーーーッ!!!!!」 言葉にならない喚声を上げ、それはいつしか歓声となっていました。 レース後のスタンドは皆しゃがれ声で、裁定に落胆した僕達は頭を垂れて帰途につきました。 1997年の11月17日。 その日、テレビに映し出された日本代表は、いつもと全然違っていました。 ベンチも含めた選手全員から「絶対に自分たちが勝つんだ」という「自信」が溢れていたのです。 もちろん余裕の溢れるハズもなく、皆「必死」でした。 でも、その「戦う、強い気持ち」が、オフト・ジャパンには取れなかった一点を取らせた様に思います。 実際僕は延長に入った時点で「勝てる」と確信しました。 そして中田の放ったシュートをGKが弾き、そこへ岡野が滑り込んで来たのが見えた時! 「・・・・・・・・・。」 僕は、ホッとしたのです。もちろん嬉しかった。 ガッツ・ポーズも万歳もしたし、涙だって出た。でも、何か噛みしめるような感情の方が強かったのです。 気持ちの伝わってくるスポーツには「熱狂」が伴います。 そして来年は、世界最大の「熱狂」が日本と韓国を襲い、日本と韓国から世界へ発信する事になります。 生で見る事は出来そうにありませんが、せめて「僕に出来る事は何なのか」今からでも考えたいと思っています。
第006回 池原量 「奇跡の木」
今年もあと1ヵ月。
街は一斉にクリスマスイルミネーションで煌びやかに輝き始めました。
なぜかあの光を眺めていると、心がときめきます。
ただ単に「光るもの」が美しく見えるのでしょうか?
確かに、私は神秘的な輝きをする「星」が好きです。
まるで夢を運んできてくれるような「流れ星」が好きです。
でも、ただ単に「光るもの」が美しく見えるだけで好きなのではないように思います。
今年は、一度でいいから見てみたいと思っていたものに、たくさん巡り合いました。
2つの虹がかかる『ダブル・レインボー』
虹が輪になった『リング・レインボー』
そして…
あまりの数に恐いとまで思えた『獅子座流星群の流星雨』
自分自身でも、こんなに願っていたものが見られて、もう満足だと思います。
でも、もうひとつ必ず見に行きたいものがあるのです。
1本の奇跡の木
あまり人が立ち寄らないインドネシアの小さな村にある1本のマンゴーの木。
その木は【蛍の木】と呼ばれ、無数の蛍が群れ集い、一斉に点滅するのです。
ニューギニア戦で追われた日本兵が逃げ込んだこの土地に、この【蛍の木】がたくさんありました。
日本兵が隠れている事も知らず、何の罪もなく輝き続けた蛍の木の燈で、日本兵は見つかり無念の死を遂げました。
それ以来、日本兵が亡くなった横にあるマンゴーの木、1本だけにしか蛍が寄り付かなくなり今でも命の火を灯しているそうです。
この自然現象、何が理由で蛍が群れ集うのかは分からないそうです。
やはり、ただ単に「光るもの」が美しく見えるわけではないように思います。
第005回 Kay稲毛 「自然に癒される時」
Kayは、自然の中で遊ぶのが好きです。
夏はウェイクボードと、サーフィン。
冬は、スノーボード。
夏は忙しくなかなかサーフィンには行けなかったりするが、 冬になると、逆に山から降りてこない。
昨年は、事務所にNGを入れる度にマネージャーから 「何時になったら仕事してくれるんですか?」とお叱りも受けた。
しかしながら、ゲレンデから見る雪山の景色、 波に乗れた瞬間、自分が思い描いたトリックがメイクできた瞬間。
何者にも変え難い喜びを感じると同時に、 自分自身が少し、全てのものに対し優しくなれるような気がする。
心のゆとりとでも言うのだろうか・・・
そういう物が持てた自分自身にも嬉しくなってしまう。
自分の好きな仕事をして、自分の癒し方を知っている自分は すごく幸せだと思ってしまう・・・
と言う事で、今シーズンも平日チョクチョク山に籠ります。
事務所のみなさん御迷惑おかけします。許してください・・・
また御一緒できる方、是非御一報ください。 一緒に雪山に癒されに行きませう。
第004回 加藤くみ子 「道に迷い続ける私・・」
自慢じゃないが私は方向音痴!素敵なお店に連れて行ってもらって「又行きたいな~」と思っても2度と行く事ができない…(涙)
今まで1番迷ったのは…富士山。
車で5合目まで行き、6合目迄歩いて登りまた5合目に戻ろうとした時、登ってきた道と違う道を発見!
同じ道を通るよりおもしろいかなと安易な気持ちで違う道を選んだが運の尽き。
はじめは雲を見下ろしながら急勾配の砂利道を下った。
穴がいっぱいあいていて軽石のような石をジャリジャリいわせながら…。
しばらく行くと高山植物が地に這うように生えている。
ありゃ?これはおかしいぞ?誰もいないし「もしかして間違ってる?」
と思いながらも振りかえると急勾配。思わずため息。この急勾配を戻る気にはなれなかった。私はこのあと晩からはじまる送別会のため、スカートにサンダル。
ブラウスしか着ていなかったのを肌寒いからと車に積んでいたトレーナーをアンバランスでカッコ悪いといいながらも着たのがせめてもの救い…。
「きっとこの先にも道はある。」半信半疑ながらもそう信じて前進する事にした。
この時はまだ日も高いし不安はたいしてなかった…。
しばらく行くと植物が変化をみせてきた。
気がつくといつのまにか森の中。倒れた大木を乗り越え道無き道をどれくらい歩いただろう。時折聞こえる車の音が不思議と私に不安感を与えなかった。
当時キャンプリーダーをしていた私には歩きなれた山道。
ただスカートはともかくさすがにストッキングは破けて足先は真っ黒。
「これじゃあ、送別会にいけないわ~」とそんな心配をしていた。なんとのんきな私。
森を抜けると今度は、私の身長近くある背の高い草が生い茂る草むらに…
しばらく車の音も聞こえなくなっていたが、再び遠くにバイクのエンジン音が。
また道に近づいたかな?でも時折「ガサガサ」と言う音がするのが気になった。
へび?と…。急に不安がよぎる。車の音を頼りにやっとの思いで道路に出た。
それはなんと2合目にある料金所。料金所の人にびっくりされた。時刻はすでに5時20分になっていた。
「後10分で帰るとこだったよ」と言われながら車のある5号目まで送ってもらった。
車の中でガサガサの音の正体はクマじゃないか?と言われあらためて自分の無事にほっとする。
5合目で車を乗り換える頃にはあたりは薄暗くなり、下り始める頃には真っ暗になっていた。
電灯もなく真っ暗な道。車でも怖かった。誘導してもらったいなかったらどんなにかコワイだろうと思った。
それより何より生きて帰れたことに幸せを感じていた。
笑いながら迷っていたけど とんでもない事してたんだとやっと気づいた。
今まで前進あるのみの生き方をしていた私、この時「戻る勇気」を知ったのでした。
それでもなお懲りず、冒険心を捨てきれず?茨の道へと…??
道にも人生にも迷い続けていつも「どうしよう!」と言っている加藤です。成る様になるさ、ケセラセラ~
第003回 や乃えいじ 「海鼠」
「海鼠・うみねずみ」
朝晩、キュンと寒さを感じる季節になりました。こんなキュンとする季節には、
キュンと燗したお酒(菊正ピンあたりがよろしいかと・・)が恋しくなったりします。
キュンと湯割の焼酎も良いんだけど、やっぱり日本酒がキュンと欲しくなったりするのです。
そうなると、肴にもキュンと凝ってみたい・・。ここはキュンと大人の肴に・・。
とくれば何たって「海鼠」でしょう。
「うみねずみ」とかいて「なまこ」と読む・・。
何ともキュンとするネーミング。
僕はなんたって赤、それも小ぶりのを大根おろしといただく。
頬の辺りがキュンとします。
そこへキュンと熱燗を・・うー、たまらん!
これからの季節の 大きな楽しみの一つであります。
ちなみに海牛はマナティーだそうです。
マナティーを食べたなどといった物騒な話は聞いたことはありませんが、狂牛病などといった、
もひとつキュンとするような物騒な心配もいらないのでしょう。
第002回 北さおり(さおり) 「流星雨」
今から3年前、1998年の11月18日未明、私は和歌山県の川辺天文公園にいた。流星を見るために、、、
そう、しし座の流星群。その流星郡の中でも、特に顕著な現象、流星雨が見られるかも知れないという期待に胸を膨らませて、、、。
しかし、天文学者達の予想は見事に外れてしまった。しかも、川辺の空は流星の現れる時間にあわせるかの様 に、雲り始め雨が降り出す始末。
結局、その夜私が見た流れ星は8つぐらいだった。 寒空の下、結果的には散々だった流星の観測会。
でも、私にとってはあの夜の事は、今でも特別な思い出となっている。
学校を休んでまで来ていた、将来自然科学者になりたいといっていた男子高校生。
夜明け近くになっても諦めきれずに曇り空を見上げていた私達に、星の話をしてくれた天文公園の職員のお兄さん。
鍋を囲みながら仲間とワ イワイ夜空を見上げていたグループの人達。
あの、様々な見ず知らずの人々と言葉を交わしながら、夜空を見上 げたひと時。
そこには不思議な連帯感があった。
そして私がなんとか見る事が出来た、数少ない流れ星は、これまで見た流れ星のどれよりも明るく、大きなものだった。
なんだか今ではすべてが、夢の中の出来事だった様な 気さえもする。
そして、今年2001年。
日本でまたもや流星雨が出現するかもしれないといわれています。
これまで何度もしし 座の流星郡の出現時間をピタリとあてている、
アッシャーとマクノートという二人の天文学者が11月19日の午前 2時から3時にかけて日本での流星群の大出現を予想しています。
詳しくは、これに関するサイトがたくさんあり ますから、チェックしてみて下さい。
19日の未明、私はまた町中の明るい空ではなく、思いっきり星の見える空の下で過ごしたいと思ってます。
あのいろんな人々と空を見上げながら共有する夢の様なひと時を求めて、、、。
備考・2006年01月13名前修正
第001回 重塚利弘 「はじまり」
「さあ、ものの始まりが一ならば、国の始まりは大和の国、島の始まりは淡路島・・ ・・
ねえバクチ打ちの始まりは熊坂の長範、どう・・・・赤い赤いはなに見てわかる、赤い色見て動かぬものは、木仏、金仏、石仏だ、
千里を走る汽車でさえ、赤い旗振りゃチョイと停まると言うやつ、・・・・どうです、続いた数字が二つ・・・ねえ、どう・・・兄さんよってらっしゃい・・・・・」
とは、映画「男はつらいよ」の中での口上の一つである。
何にでも元始まりがある訳で、自分の始まりは?「生まれた日。」
では人間の始ま りは?「あれ?」 こんな事を考えだすと「地下鉄はどっからはいったんでしょうね」と夜も寝られません。
そして、いったん始まってしまえばその後、ある一つの進化をして行きます。
先程の国も、島も、バクチでさえも色々進化を遂げています。(競馬・競輪・競艇・この頃はTOTOのように)
2001年1月から始まった ”VozAtor” も年限と共に何らかの形で進化を遂げ なければならないのです。
はたして今後の”VozAtor”がどんな方向に、どのような進化を遂げていくのか、大いなる不安と希望の今日この頃です。